【落語】花見酒(はなみざけ)
幼なじみの二人。
そろそろ向島の桜が満開という評判なので
「ひとつ花見に繰り出そうじゃねえか」
と、話がまとまった。
ところが、あいにく二人とも金がない。
そこで兄貴分がオツなことを考えた。
横丁の酒屋の番頭に、灘の生一本を三升借り込んで花見の場所に行き、小びしゃく一杯十銭で売る。
酒のみは、酒がなくなるとすぐにのみたくなるものなので、
みんな花見でへべれけになっているところに売りに行けば必ずさばける。
もうけた金で改めて一杯やろう
という、何のことはないのみ代稼ぎである。
そうと決まれば桜の散らないうちに
と、二人は樽を差し担いで、向島までやって来る。
着いてみると、花見客で大にぎわい。
さあ商売だ!という矢先、弟分は後棒で風下だから、樽の酒の匂いがプーンとしてきて、もうたまらなくなった。
そこで、お互いの商売物なのでタダでもらったら悪いから、
「兄貴、一杯売ってくれ」
と言いだして、十銭払ってグビリグビリ。
それを見ていた兄貴分ものみたくなり、やっぱり十銭出してグイーッ。
俺ももう一杯、
じゃまた俺も、
それ一杯もう一杯
とやっているうちに、
三升の樽酒はきれいさっぱりなくなってしまった。
二人はもうグデングデン。
「感心だねえ。このごった返している中を酒を売りにくるとは。
けれど、二人とも酔っぱらってるのはどうしたわけだろう」
「なーに、このくらいいい酒だというのを見せているのさ」
おもしろい趣向だから買ってみよう、ということで、客が寄ってくる。
ところが、肝心の酒が、樽を斜めにしようが、どうしようが、まるっきり空。
「いけねえ兄貴、酒は全部売り切れちまった」
「えー、お気の毒さま。またどうぞ」
またどうぞも何もない。
客があきれて帰ってしまうと、まだ酔っぱらっている二人、売り上げの勘定をしようと、財布を樽の中にあけてみると、
チャリーンと音がして十銭銀貨一枚。
品物が三升売れちまって、売り上げが十銭しかねえというのは?
「馬鹿野郎、考えてみれば当たり前だ。あすこでオレが一杯、ちょっと行っててめえが一杯。またあすこでオレが一杯買って、またあすこでてめえが一杯買った。十銭の銭が行ったり来たりしているうちに、三升の酒をみんな二人でのんじまったんだあ」
「あ、そうか。そりゃムダがねえや」
酒呑みは、どんなときでもしくじるもののようです。
from のも